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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11458号 判決

原告 有限会社 青木南陽堂

右代表者代表取締役 青木徳治

右訴訟代理人弁護士 村田豊治

被告 田内義親

右訴訟代理人弁護士 梶原茂

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和六〇年一〇月一日以降右建物明渡済みまで一か月金一九万五五〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を左記約定で賃貸する契約を締結し、引渡した。

(一) 使用目的 飲食店

(二) 期間 昭和五八年五月一日より昭和六一年四月三〇日まで。

(三) 賃料 一か月金一九万五五〇〇円

(四) 特約 (1) 賃借権の無断譲渡、転貸禁止。

(2) 店舗は現状のまま使用するものとし、店舗又は造作の模様替については書面による承諾を要す。右に違反したときは無催告で契約を解除できる。

2  しかるに被告は、

(一) 昭和五九年六月一日ころから訴外福永勝己に対し、本件建物を転貸使用させた。

(二) 昭和六〇年九月一四日ころから同月一九日ころにかけて、原告の制止を無視して、本件建物につき次のような模様替及び改装工事を行なった。

(1) 壁塗り替(ジュラク吹付) 約四七・九三平方メートル

(2) 天井塗り替(ジュラク吹付) 約三五・〇〇平方メートル

(3) 天井貼り替(ビニールクロス) 約一三・五〇平方メートル

(4) 床貼工事 約四七・五〇平方メートル

(5) その外、壁、天井補修、床補修工事

3  そこで原告は、昭和六〇年九月九日被告に到達した書面をもって、右無断転貸を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

さらに原告は、本訴状をもって、右無断模様替等を理由として、あらためて賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右訴状は同年一〇月七日被告に到達した。

4  昭和六〇年一〇月一日以降の本件建物の相当賃料額は一か月一九万五五〇〇円である。

よって、原告は被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡しを求めるとともに、昭和六〇年一〇月一日以降明渡済みに至るまで一か月一九万五五〇〇円の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、特約の点を除いて認める。ただし、本件建物は、当初昭和四九年五月一日に賃借し、以後三年毎に更新継続して来たものである。

2  同2(一)の事実は否認する。被告は、昭和四九年五月に本件建物を賃借して以来、訴外株式会社酒蔵駒忠(以下「駒忠本社」という。)傘下のチェーン店として、本件建物に「駒忠」の標章を掲げ、従業員四、五名を使用して、大衆酒場を経営してきたものであるが、駒忠本社では、勤務成績良好な従業員に独立採算制による経営責任を与え、実績を見たうえ「のれん分け」をする方針をとっており、昭和五九年六月ころ駒忠本社の社長から被告に対し、福永勝己に「のれん分け」をしたいとの申出があった。そこで被告は、そのころから同人に対し、「のれん分け」試用のため一時的に本件建物における経営を委託したものであって、転貸使用させていたものではない。

同2(二)のような改装をした事実は認める。

3  同3の解除の意思表示があった事実は認めるが、解除の効果は争う。

三  抗弁

1  仮に、被告が本件建物を福永勝己に転貸したとしても、その実質は前記のとおり一時的な経営委託であり、しかも昭和六〇年四月ころ原告から「のれん分け」でも転貸になるから、従前どおり被告が責任をもって経営するように、との申入れがあったため、被告は同年八月福永勝己を本件建物から退去させたのであって、原告が解除の意思表示をしたときはすでに同人は本件建物を使用していなかった。このように本件建物の転貸は一時的なものであり、この間「駒忠」の標章による店舗使用状況は何ら変ることなく継続していたのであるから、賃貸借における信頼関係をいささかも破壊するものではない。

2  元来、東京都における店舗賃貸借において、店舗設備装飾は賃借人の負担で行なうのが、慣習であり、大衆酒場店舗にあっては、四、五年毎に店内を改装することは営業上必要なことである。本件建物においても昭和四九年五月に賃借して以来、被告は再三改装を行なったが、原告の文書による同意を得たことはない。したがって、本件賃貸借契約における無断模様替禁止特約の趣旨は、店舗の改装造作が建物の構造を変更するに至る場合を禁止する趣旨であると解すべきであり、もし右特約が、何ら建物構造変更を伴わない天井及び壁面塗り替え、床ひび割れ補修等大衆酒場として経営上必要な店舗装飾を行なうことまで禁止する趣旨であるとすれば、右特約は大衆酒場営業を目的とする本件賃貸借契約としては借家法第六条に反し無効である。

請求原因2(二)記載の工事は、建物構造の変更を伴わない単なる装飾的、天井、壁面等の塗り替え等にすぎないのであって、このような改装につき文書による同意を得なかったとしても、本件賃貸借契約の信頼関係を破壊するものではないし、これを理由とする解除は、権利の濫用であって、許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認し、福永勝己に使用させたことが信頼関係を破壊するに至らないとの主張は争う。

2  同2の事実は否認する。工事の施工について、被告が原告に同意を求めてきたが、無断転貸問題もあり、これを断ったところ、被告は勝手に工事をしたものである。原告が契約を解除したのは、被告のこのような背信行為の累積があったからであって、これが権利濫用であるとの主張は理由がない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、特約の点を除き当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原・被告間の本件建物の賃貸借契約は、昭和五八年四月三〇日締結されたもので、右契約には請求原因1(四)記載の内容の特約が附されていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

二  原告が被告に対し、昭和六〇年九月九日被告に到達した書面をもって、被告が本件建物を福永勝己に転貸したことを理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そこで右解除の成否について検討する。

1  《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。

(一)  被告は、昭和四九年五月一日原告から本件建物を賃借し、以来三年毎に更新を繰り返して右賃貸借を継続し、本件建物において「酒蔵駒忠(水道橋店)」の商号で大衆酒場を経営して来た。

(二)  右酒蔵駒忠は、東京都千代田区飯田橋に本店のある駒忠本社傘下のいわゆるチェーン店であって、同様のチェーン店は東京都内だけでも四十数店に及んでいる。

(三)  駒忠本社では、傘下チェーン店の従業員の中で勤務成績良好な者に「のれん分け」をする制度がとられていたところ、昭和五九年六月ころ駒忠本社の会長で被告の兄である田内忠から被告に対し、酒蔵駒忠渋谷店の従業員福永勝己を独立させるべく、水道橋店を委せてみてはどうか、との話があった。

(四)  そこで被告は、右福永勝己に駒忠本社の傘下で独立させるための試用として、同人に本件建物における大衆酒場の営業を委せることにした。

(五)  このようにして福永勝己は、昭和五九年六月ころから本件建物において大衆酒場の営業を開始したが、開始に当たり被告に対し、保証金二〇〇〇万円を差し入れ、営業主体の名義人を被告から福永勝己に変更し、したがって右営業にかかる料理飲食等消費税や水道及びガス等の公共料金は同人において支払い、毎月の損益は全て同人に帰属するという形態をとり、したがって駒忠本社又は被告から給料の支給を受けることなく、かえって被告の駒忠本社に対する債務を毎月二〇万円宛被告に代って駒忠本社に支払っていた。

以上のとおりであって、これらの事実を総合すれば、福永勝己は本件建物を独立して使用収益していたものと認められるから、被告は同人に対し本件建物を転貸したものというべきである。

2  被告が本件建物を福永勝己に使用させるについて原告の承諾を得たとの主張立証はない。

3  被告は、右無断転貸は信頼関係を破壊しないと主張する(抗弁1)ので考えるに、《証拠省略》によると、昭和六〇年八月ころ、原告から被告に対し、本件建物を福永に使用させるのは転貸になるから困る、との苦情があったため、被告は同月中には福永勝己を本件建物から立ち退かせ、再度自己の責任において大衆酒場の営業を続け、したがって原告が解除の意思表示をした同年九月九日には転貸借の状態は解消していたこと、福永勝己が本件建物を転借使用するに至った経緯は前記のとおりであり、また約一年二か月の転借期間における同人の営業形態は、駒忠本社の傘下チェーン店として、「酒蔵駒忠(水道橋店)」の商号を掲げた大衆酒場であって、被告が営業していた当時と殆んど変るところはなく、被告においても右転貸期間は同人を正式に独立させることができるかどうかを見極める試用期間と考えていたこと、等の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。これらの事実を勘案すると、福永勝己に対する無断転貸は、いまだ本件建物の賃貸借の信頼関係を破壊するに至っていないものと認めるのが相当である。してみると、これを理由とした解除は、その効力を生じない。

三  被告が、本件建物につき請求原因2(二)の内容の模様替及び補修を行なった事実は当事者間に争いがなく、原告が本件の訴状において、これを理由として解除の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。

そこで右解除の成否について考えるに、《証拠省略》を総合すれば、無断模様替禁止の特約は、被告が昭和四九年五月に原告から本件建物を賃借した当初から附されていた特約であること、しかしながら飲食店において数年の間隔で店内の模様替を行なうことは、営業政策上必要な事項であると考えられるところ、被告の場合も入居時に大々的な模様替をしたほか、昭和五二年と昭和五七年に、本件建物内の調理場の改装等の工事を行なったが、その際特に改めて原告の同意は得ておらず、原告は本件建物の隣に居住し写真店を営んでいたにもかかわらず、被告に対し格別の苦情も言わなかったこと、これらの経過によれば、被告が軽微な内装改装程度のことは特段の承諾を要しないものと考えたとしても無理もないことというべきところ、昭和六〇年九月一四日ころから被告が行なった模様替及び補修は、主として店舗内の壁、天井の塗装及び天井、床のクロス貼り替等、比較的軽微な内装改修工事であって、本件建物の構造変更を伴なったり、建物保存上に影響を及ぼしたり、本件建物の使用目的である飲食店としての用途に何らの変更を加えるものではなく、賃貸人に格別の不利益をもたらす程のものでもないこと、等の事実が認められる。

なるほど《証拠省略》によると、被告が右工事を始めた際、原告からその中止を求められたが、被告は工事を続行してしまったことが認められるものの、右認定の事実を総合すると、本件賃貸借契約における信頼関係を破壊するに至ったものとはいまだ認められない。

原告は、前記福永勝己に対する本件建物の無断転貸の事実を合わせれば解除権が発生すると主張するが、右事実を考慮しても、なお信頼関係破壊を基礎づける事実とは認めることができず、いまだ解除権は発生しないものというべきである。

四  以上の認定判断によると、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原健三郎)

〈以下省略〉

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